西陣織・・・1476年に始まる応この乱は京都の町を焼き尽くした。
戦乱がおさまるにつれて、山名宗全の西陣の本陣あたりを
中心に
職工たちが大舎人座を復活させたのが西陣織の由来
織物町・・・飛鳥時代や奈良時代を経てやがて平安京へのいとが行われ
ると
朝廷では絹織物技術を受け継ぐ工人(たくみ)たちを
織部司(おりべのつかさ)という役所のもとに組織して、
綾錦などの高級織物を生産させました。いわゆる国営の織
物業が
営まれていたというわけです。
織物の工人たちは現在の京都市上京区上長者町あたりに集
まり
織物町といわれる町をかたちずくっていたといわれていま
す。

西陣織の源流は遠く古墳時代まで求められます。
5・6世紀頃大陸からの渡来人である秦氏の一族が
山城の国、つまり今の京都あたりに住みついて
養蚕と絹織物の技術を教えた。
西陣織りの歴史
&友禅染めの歴史
友禅染め・・・友禅染めは今から約300年前の元禄時代に
宮崎友禅斎により始められたのでそうよばれている
友禅斎は扇絵師で、彼の扇は飛ぶように売れたそうだ
それに着目した呉服屋が着物の柄にして染めるように
申したところ、友禅斎は苦心の末に友禅染めを作り上げ
それが大評判を呼び、またたくまに

その後、明治の始め、京都の廣瀬治助氏によって合成染料を
使っての型友禅が完成されると、友禅染めが一層、
普及するに至った。
世間に広まりました