前ページの続きから
Q.清水焼の歴史って?
A.清水焼の元祖は、粟田口で焼かれていた粟田口
焼。後に野久村仁清や尾形乾山などによって陶器の
焼き物・古清水が出来上がった。さらに、江戸中期
に入ると、陶器が清水焼の主流になった。京都の三
大伝統産業の一つにあたり、美術品として、また手
頃な土産物として人気がある。五条坂の途中から清
水坂と別れる清水新道は別名茶碗坂。通りの両脇に
陶器店や陶芸家などの住まいなどが選ぶ。また、五
条通はかつての陶器町。現在は清水焼など京陶器の
店が連なる。
Q.清水寺についてっ!
A.鹿狩りに来た坂上田村麻呂が、僧延鎮に殺生を
戒められ、清水山(音羽山)の山中に私立の仏殿を
建てたのがおこりで、798年に清水寺と号した。
奈良幸福寺勢力の京都での拠点になったため、平安
末期は比叡山の僧兵により何度も焼かれ、現在の堂
塔の多くは江戸時代の再建。本堂のほかに、市内が
一望できる西門や三重塔がある。昔も今も観光客が
必ず訪れる京名所の横綱、西国三十三ヶ所巡り第1
6番札所である。本堂は崖の上に張り出し、清水の
舞台として知られ、昔から絶体絶命の気持ちを「清
水の舞台から飛び降りる」というほど。平安時代、
実際に飛び降りた人のことが『宇治拾遺物語』に出
ている。139本の柱に支えられた舞台は高さ11

NEXT PAGE